”郷土料理とは、その土地の昔からの食べ物です”と聞くと、どうもはたして魅力的なものかどうかは別の問題だ、ということが少なからずある。しかし、その土地の人にとっては特別なものではない、いわゆる郷土料理が、遠く離れた東京にやってくると、なんと、そう簡単には味わうことの出来ないような高級料理の様相を呈してしまう。しかも、それは冒頭の心配をみじんも感じさせないほど大変魅力的なものであった。銀座の一等地に構える大分県のレストラン主体のアンテナショップ”坐来”で、大分県宇佐市のフェアがあり、まさにそういう体験を味わうことができたのだ。
ところで、宇佐という地名をご存じであろうか?!
この宇佐市は、大分県の北部に位置する。国東半島(くにさき)の付け根の部分といった方がわかりやすいかもしれない。実はこの宇佐市には、全国八幡社の総本宮である「宇佐神宮」がある。その本殿は国宝でもある。また、東西本願寺の別院や、院内町には数多くの石橋が存在し、大分県の中でも有数の観光地であるのだ。そして、グリーンツーリズムのメッカと言われる安心院町(あじむ)も宇佐市にある。
そう、この宇佐フェアで出会った数々の料理は、この宇佐市の歴史と自然から生まれたものだということを教えられた。
それを、やさしく教えてくださったのが、宇佐市で生活工房「とうがらし」を主宰する金丸佐佑子先生だ。その基本は、祖母、母から教わった、まさに"日常”の料理。しかし、この”日常”こそが、多くの都会の生活では、”非日常”であるのだ。「何年ものの”糠どこ”かはすぐにわかります」という金丸先生の言葉から、日常の奥に潜んでいる非日常のすごさがにじみ出てくる。金丸先生が用意された100年を超えるという”糠みそ”で炊かれた鰯は、たった一口食べただけで、ご飯、お酒がいくらあっても足りなくなりそうな、とても一言で表せない旨さが口の中にひろがるのだ。そしてその旨さの余韻がしばらく続く。たった一口でこんなに幸せな気持ちになれる食べ物って他にあるのだろうか?!
大分といえば、別府や、湯布院が全国的に有名であるが、ぜひとも宇佐市をおとずれ、忘れかけている日本の歴史と自然のすばらしさに触れてみたいと強く思ったのだった。
大分といったら”麦焼酎”が有名であるが、実は宇佐市は日本有数のブドウの産地。安心院町を中心にワイン作りも盛んだ。ブドウの収穫を迎える8月下旬から9月上旬、安心院ぶどうフェアが開催されるそうだ。
写真の奥にあるのは、さつまいもからできた?!ではなくて、銀杏で作られた”宇佐銀杏餅”。 銀杏の香りが口いっぱいに広がったのが今でも忘れられない。 大分県の銀杏の栽培面積は全国1位。宇佐市でも数多くの農家で生産されている。 右手前は”めぶと”という小魚を塩漬けにしたもの。 この”塩漬け”という料理方法は、宇佐市の漁師町・長洲ならではの郷土料理。 塩漬けした魚をゆでこぼしながら塩分濃度をうすめていく引き算の料理。 塩のみで味付けされた郷土料理なのだ。 左手前は安心院産の原木椎茸。椎茸の味をしっかり楽しめる食感豊かな椎茸だ。
スッポンは、安心院町の特産品。古くから滋養食として珍重されてきた。 コラーゲンの多い”安心院スッポン”は安心院町にある3つの養殖場があり、スッポン料理店が数多く存在する。 また、関東方面に向けて出荷もされている。
宇佐市の長洲で獲れるワタリガニを”豊幸がに”という。 名前の通り、一口頬張ると、体全体が幸福に包まれるようなおいしさ! そしてなんといっても身がたっぷり! 手前はカボス。全国のカボスのうち大分県産は96%だとか!
これは宇佐産ではないかもしれないが坐来定番の熊笹の冷茶。ここで一息。
手前は、豊後牛ちり酢。豊後牛とは、大分県内で生産された黒毛和種の牛肉。 きめ細かな霜降りで、なんともおいしかった。脂がしつこくなくいくらでも食べられそうだ。 さて、奥にあるのは、”大分味一ねぎ”を使用した小葱しゃぶ。 実は、この葱の味は、鰯ぬか炊きに次いで記憶に残った。 ネギ臭くなく、甘さが口に広がる。姿は小さいけれど、主役級のネギであった。 ”大分味一ねぎ”とは、大分県で生産される「小ねぎ」のブランド名。 宇佐市では、古代からネギと深い関わりがあり、関東大田市場にに向けてたくさん出荷している。 宇佐市の野菜のトップランナーである。
左から、 勝振る舞い、みとりおこわ、アミ飯。 3つとも宇佐の”晴れの日”の郷土料理だ。 ”みとり”とは、ささげの1種の。小豆と似ている。サヤから実だけをとるから”みとり”というのが名前の由来とのこと。 小豆よりも皮が固く、炊いても煮くずれることなくふっくらしあがるのが特徴。 写真は、慶事に使う”赤みとり”。仏事には”黒みとり”を使う風習が残っている。 私が一番気に入ったのが”アミ飯”。 干しアミを使った混ぜご飯。 宇佐市出身の大横綱・双葉山も大好物で、部屋の力士にも振る舞ったそうです。
一度食べたら忘れられない鰯の糠炊き(ぬかだき)。 今でも、口の中に広がったすばらしい糠の香りを思い出すことができるほど! この日使用された糠みそは、金丸先生のご自宅で100年を超えて守られてきた糠みそなのだ。 手前は、院内町の特産品”ゆず”を使用した院内柚子味噌漬け。 院内町では朝夕の気温差が大きい山間の盆地の特性を生かして柚子の生産が盛んである。 生産量、栽培面積とも九州で一番である。
宇佐の郷土料理の”煮ぐい”。 1度目は汁を多くして汁物として、2度目は、煮詰まったところをお煮しめとして、2度食べることから ”にぐい”とのこと。 3度でも、4度でも食べたくなりました(^^;;;